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#面白い本「同志少女よ、敵を撃て」(逢坂冬馬著・早川書房」

 不定期掲載とはいえ、前回の「#面白い本」から1カ月以上のご無沙汰です。一番気に掛けていたのは、間違えなく筆者(T生)本人で、トゲが喉の奥に引っ掛かったままの心地悪さでした。今回やっとトゲを抜くことが出来ましたが、当分は傷跡が沁みると思います。早く従前のペースを取り戻したいと思います。

 

 さて「同志少女よ、敵を撃て」は、2021年度第11回アガサ・クリスティー大賞を審査員全員の最高評価で受賞し、先ごろは、書籍の売り上げに多大の影響を与えている「本屋大賞」を受賞した作品です。以前から、独ソ戦における女性スナイパーの物語であることは知っており、書店で見かけるたびに関心を持っていましたが、「本屋大賞」受賞をきっかけに購入し、二日半で一気に読み切りました。ドキュメントフィクションとしても、戦記としてもよくかけた作品だと思いました。

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まず、装丁のジュニア向け読み物のようなイラストに騙されてはいけません。本格的な戦記小説としての質が高く、ディテールまでよく練られた素晴らしいものです。モスクワの南の郊外、イワノフスカヤ村の少女セラフィマは、襲ってきたナチスドイツ軍に母親を含む村人殆どを虐殺され、本人も凌辱・殺害される寸前に赤軍によって救出されます。その赤軍の中にすぐれた女性スナイパー(狙撃手)イリーナがおり、見出された彼女は、仲間となった他の女性とともに厳しい訓練を経て、優秀なスナイパーへと変貌していきます。

彼女は、スターリングラードを巡る大攻防戦「ウラヌス作戦」やクルスクの大会戦、ドイツの息の根を止める戦いとなったケーニヒスベルクの戦い等を経て、英雄の序列に加わる活躍を見せます。しかし狙撃手とは、敵からも味方からも忌み嫌われる存在なのです。歩兵の背後に潜み、姿を隠したまま敵を狙い撃つ。目標を射止めるためには、卑怯な手段も厭わない。陰気な戦場の暗殺者です。敵のスナイパーとの一騎打ちは、さながら将棋やチェス、最近でいえばカーリングのような、命を賭けた「読み合い」の勝負です。「狙撃兵は自分の物語を持つ。‥‥そして相手の物語を理解した者が勝つ」一学生から狙撃手となったユリアンがつぶやきます。しかしその彼も、ナチスに処刑される友人を目前に、思わず身を乗り出して撃たれます。

それぞれの狙撃手には自らが戦う目的、ユリアンの言う「物語」の動機が求められます。団体行動ではない戦いを強いられる彼女らには、揺らぐことのない個人的な理由が必要なのです。主人公セラフィマの目的は「敵を殺すこと」「女性を守ること」です。そして題名の「同志少女よ、敵を撃て」のメッセージは、この小説のクライマックスでこの上もないほど効果的に使われます。本当に見事なストーリイ展開です。

執筆当時、著者にはロシアのウクライナ侵攻は想定外だったと思います。文中、ウクライナに関する記述はそれ程多くはありませんが、現在報じられている状況から、ロシア軍をドイツ軍、ウクライナをソ連に置き替えると、皮肉で悲惨なディストピア小説ともなり得ると思いました。(T生)