新現役!シニアわくわくブログ

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#肩凝り、この身近で厄介な病い

 先日、NHKの「ためしてガッテン」という情報番組で、肩凝りの簡単な解消運動を紹介していました。それをきっかけに肩凝りについていろいろ調べてみると、日本人と肩凝りの深い因果関係がわかってきました。

 誰もが、肩凝りに悩まされた経験はお持ちではないでしょうか。若い頃は想像もしていなかった、首と肩の付け根を中心としただるさや痛さ。これを改善するために、整体やマッサージに通ったり、柱の角でグリグリやったり、孫の「肩もみ券」を買ってトントンしてもらったり……。ところが、外国映画や小説で、「肩が凝った」という場面に出会わせたことがあるでしょうか?英語で肩はshoulderですが、shoulderは肩関節のあたりをさす用語で、肩凝りの部位をさすのに相応しいのは、むしろneckのようです。stiff neckと表現するのが一般的らしいですが、これはうなじの硬直状態という意味で、日本人の云う「肩凝り」とちょっとニュアンスが違いますね。

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↑ 肩凝り、というより首の凝りですね。

 

  では外国人には肩凝りはないのでしょうか?オランダで、コンピューターを扱っている職場で調査したところ、最も多かった身体症状は頸部(neck)及び肩(shoulder)であり、彼らも肩凝りに似た症状に悩んでいるようです。

  さきの「ためしてガッテン」に出演して、簡単な肩こり解消運動を紹介していた東北大学の井樋教授は、肩凝りについての臨床研究を国分正一東北大学名誉教授から学んだ、といっていました。日本人の十人に一人が悩んでいる頸部痛・肩凝り・腰痛は、複雑で原因を探るのが難しい病気だそうです。国分先生は、解剖や臨床データを積み重ねて、ある臨床ポイントを発見するに至りました。それが「K点」という個所で、その箇所を含む筋肉群が発する痛みを「K点症候群」と名付けました。このK点は、漢方の或るツボと極めて近い箇所にあるのです。         以下次号(T生)

 

#パンデミックは歴史を変える?

 東京医科歯科大・東京外語大・東京工業大そして一橋大という4国立大学は、2001年に締結した連合憲章をもとに相互教育研究プログラムを実施していて、一般向けに定期的に文化講演会を開催しています。去る10月10日にも「環境・社会・人間」をテーマとした講演会があり、時節柄Zoomで聴講し大変勉強になりました。講演会の最後に登壇した東京医科歯科大の山岡教授は、ウィルス制御分野の専門家です。ウィルスが社会や人類に及ぼしてきた事例を、わかりやすく解説してくださいました。その一端をご報告しつつ、感想を述べたいと思います。

 

 「パンデミック」と呼ばれる疫病の世界的大流行は、紀元前430年、ペロポネソス戦争の頃に「アテナイの疫病」として記録されており、病名は不明ながら10万人もの命が奪われたとされています。その後の歴史と照らし合わせてみると、戦争による侵略や動乱などによる人の移動などが、パンデミックの引き金になることが多いようで、東ローマ帝国が地中海を制覇した6世紀半ばには、ペストにより2500万人が死亡、コロンブスが新大陸に上陸した大航海時代には、旧大陸から持ち込まれた天然痘や腸チフスなどにより、中南アメリカの原住民が最大7500万人も犠牲となり、第一次世界大戦時に大流行したスペイン風邪(死者は全世界で5000万人)は、参戦したアメリカ兵士が欧州に持ち込んだといわれています。

 山岡先生が示す年表を見て感じたことは、6世紀半ばのペスト大流行を境に古代ヨーロッパが中世に移り変わり、モンゴル帝国の大侵略とともにユーラシア大陸全般を覆ったペストの嵐が去ったあと、世の中はルネサンスに入るという風に、パンデミックが世の中の仕組みをすっかり変える契機ともなり、ある意味では文化の進展を後押ししたという事実でした。

 20世紀の後半以降、パンデミックを引き起こしたウィルス感染症は、例えばHIVやSARS、MERSなどがありますが、いずれもワクチンはなく、HIVを除いて有効とされる治療薬もない有様です。今回のコロナウィルス(SARS-CoV-2)に対しては、各国がワクチン開発に躍起になっており、どこかの大統領は、試験段階の薬で奇跡の復活を遂げた、と喧伝しています。

 コロナウィルスとの折り合い(with coronavirus)がどのあたりで決着するのか、全く予測がつきかねますが、私たちの周りで常態化しつつある「在宅勤務」や「リロケーション」または「オンラインコミュニケーション」といったワーキングスタイルをはじめとして、世界が社会モデルの新しい段階に足を踏入れることは確実な気がします。今までの歴史は、大局的には人類の進歩に貢献してきたと思いますが、これから築かれる文明が、これからの人類や地球に寄与するものになるよう、私たち一人一人もささやかながら参画していきたいと思います(T生)

 

里山ウォーキング

 「里山ゆっくりウォーキング」の第2回目を10月14日に実施しました。実は、昨年10月多摩丘陵の散策からスタートしたこの企画、季節のいい時期に里山巡りをと、4月に計画していたものの、コロナウィルスの蔓延で延期を余儀なくされ、しかも先週実施の予定が雨天順延となり、やっとやっと実現することができたのです。

 指導してくださる加藤栄巳子森林インストラクターは、里山の植物に造詣が深く、季節の推移によって移り変わる自然環境を事前にインプットするため、3回もコースの下見をして本番に臨んでくださいました。天候は曇天、ときおり薄日が差す程度。数日前の雨で滑り気味のアップダウンのコースを、なんと10キロのロングトレイルでした。戦前生まれの方が大半を占める総勢9名のグループが、ご都合で途中でお帰りになったお一人を除いて全員完歩されたのは、本当に見事でした。

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森林の坂道をもくもくと。

 

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加藤先生から植物の説明を聞きます。

 

 朝9時、西武線の小手指駅に集合してバスで「さいたま緑と森博物館」に移動。ここから敷地内のウォーキングコースを約5キロ歩いて昼食休憩。午後は、踏み分け道のようなエリアを含め、ひたすら東に向かい狭山湖湖畔をめざし、神社や喫茶処がある門前町のような西武球場前に到着したのが15時30分。予定通りのスケジュールでした。

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文字通り「山田のカカシ」。懐かしい風景です。

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森林沿いに左は狭山の茶畑。

 ハイライトは、このあたりではよく見かけるといわれるアサギマダラ。暖を求めて遠く台湾までも旅する「渡り蝶」といわれています。2・3か所で見かけ、皆さんシャッターを切られましたが、なかなかいいショットが撮れない中、参加者のI様が翅を休めるアサギマダラを撮影成功! 後でデータを共有させていただきました。

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翅を休めるアサギマダラのGood Shot!

それにしても皆さん本当にお元気!! 

ぜひ次回もご参加いただきたいと思いました。(T生)