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#面白い本「ペスト」(A・カミュ作 宮崎嶺雄訳 新潮文庫)

昨年から猛威を振るっていたコロナウイルスの罹患数が、国内では急激に減少し、各種規制が解除乃至は緩和されつつあります。「天災は忘れた頃にやってくる」という寺田寅彦の警句は、姿かたちを変えて襲来する感染症にもまさしく然りで、それが昨年来『ペスト』が世界的なベストセラーとなった所以でもあります。フランスの作家アルベール・カミュの代表作『ペスト』が、デフォーへの献辞で始まるように、ロビンソン・クルーソーの作者、ダニエル・デフォーにも同名の小説があり(中公文庫)、この本もよく売れたそうです。両作の大きな違いは、デフォー作『ペスト』が17世紀半ばのロンドンでのペスト大流行を題材としたノンフィクションノベルであるのに対し、カミュの『ペスト』は完全なる創作作品であることです。

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私たち60・70歳代がまだ青臭き頃、カミュやサルトルといった実存主義作家の作品を読むことが、一種の通過儀礼でした。カミュといえば『異邦人』ですが、今回久方ぶりに再読した『ペスト』も読み応えのある大作でした。この迫真的な描写の全てが、カミュが創り出したものがたりとは、とても思えません。しかし一方、主人公リウー(医師)をはじめとする主要人物、周辺の登場人物などを周到にちりばめた群像劇として見れば、テーマを抽象化し再構成した見事な創作品であるとも感じます。

舞台はフランスの植民地であるアルジェリアのオラン市。或る日、市内にネズミの死骸が見かけられるようになることから、この戦慄のものがたりは始まります。明かなペストの流行にもかかわらず、現実から目を背けようとする医師会長に代表される官僚たち、やがて断行される都市封鎖、市民による衛生隊の活動、病床の逼迫、治療の絶望的な限界等々。まるで昨年来のコロナ禍を見通しているかのような描写が続きます。そして「不条理」というテーマに欠かせない、神と人間との対立。

『ペスト』が書かれた時期は第二次大戦中、フランス及びその植民地はナチス・ドイツの占領下でした。社会一面を隈なく覆うペストがもたらす災禍は、レジスタンス運動に身を投じたカミュにとっては、ナチスがもたらす死と圧制への恐怖や怒りと同様のものだったと思います。先の寺田寅彦の警句のように、災禍は或る日、頭上を覆いつくしているかと思えば、突如として終息を迎えたりします。やがてペストが去り、町が解放され、歓喜に沸く人々を見つめながら、この小説は有名な次の一節で終わります。「ペスト菌はけっして死ぬことも、消滅することもない。‥‥寝室や地下倉庫やトランクやハンカチや紙束のなかで忍耐づよく待ちつづける。そして、おそらくいつの日か、人間に不幸と教えをもたらすために、ペストはネズミたちを目覚めさせ、どこか幸福な町で死なせるために送りこむのである。」

これは、今回私たちが経験した感染症の蔓延についても、あちこちで起こりつつある自由への迫害や様々な差別、地球環境改善への各国の”不条理”な対応、などに対しても、等しく向けられたメッセージと読み解くことも出来ます。(T生)