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#面白い本 「芸と道」(松岡正剛著・角川ソフィア文庫)

~「千夜千冊」を大幅加筆修正した「千夜千冊エディション」の中の一冊~

世の中に「知の巨人」と称される人たちがいます。古くは熊方南楠、先ごろ亡くなった立花隆もそう云われていたと思います。現存する日本人の中の「知の巨人」候補の筆頭は、松岡正剛ではないかと私は前々から思っています。松岡の肩書に「編集工学研究所所長」があり、彼のホームグラウンドは書籍をベースとした編集工学です。書籍をベースにした彼の守備範囲は膨大で、その成果の一端が、1700冊以上の古今東西の書籍を網羅したブックレビューアンソロジー「千夜千冊」です。

角川ソフィア文庫から出ている「千夜千冊エディション」は、「千夜千冊」を再構成したシリーズで、ずいぶん手に取りやすく読みやすくなっていますが、各冊平均400ページの読みごたえがある文庫本です。今回ご紹介する「芸と道」は、芸をモチーフとした研究書・論文・小説・エッセイ・芸談・自伝などを幅広く扱っています。シリーズの中から、どのページを開きどの記述から読み始めてもいい、比較的気楽な一冊を選んでみました。

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「知の巨人」の膨大な領域の中でも、「芸」は松岡の得意分野です。彼は1944年、京都の呉服屋(本人は悉皆屋という古風な言い方をしています)に生まれ、父親は戦後、苦労の中で亡くなったようですが、いわゆる「旦那衆」に属する粋人でした。その父の影響を、松岡は隠すことなく有吉佐和子「一の糸」や武智鉄二・中村雀右衛門を語るくだりで、懐かし気なエピソードとして披露しています。そうかと思えば林屋辰三郎「歌舞伎以前」(岩波新書)を称賛する記述内容の濃さは、ほぼ研究者の目線です。

この本では、「寄席や役者や」の章で、桂文楽や米朝、森繁久彌、伴淳(伴淳三郎)、三木のり平、山崎努などが採り挙げられています。「芸の本質を射抜く達人」とも、「レベルの高いディレッタント」とも見られがちな松岡が、私たちと同じように「ファン」としての素直な側面を持っていることが、特に森繁の項に現れていてちょっと嬉しくなります。しかし関西落語復興の祖で、晩年は文化勲章を受ける桂米朝に対し「残念ながら落語は名人とはいえない」という、鋭い一言も忘れてはいません。

父親が持つ”旦那の目利き”から受け継いだコア・コンピタンスは、浄瑠璃と豊後節だそうですが、そこからパンクロックにまで領域拡大した懐の深さは、やはり知の巨人の一端を示すものなのでしょう。(T生)