新現役!シニアわくわくブログ

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#面白い本 「死のドレスを花婿に」P・ルメートル著

~「記憶」を操られた女の悲劇とその結末~

海外ミステリー小説が好きな方は、今から6年前「このミステリーがすごい(略してこのミス)2015」第1位、「週刊文春ミステリーベスト10」第1位、「本屋大賞翻訳小説部門」第1位と、この年のミステリー界を席巻した「その女アレックス」を記憶しておられるでしょう。本来この作品はシリーズの2作目で、日本では第1作となる「悲しみのイレーヌ」に先がけて発売されたため、ストーリーに順逆の混乱が生じた面もありましたが、その内容の凄まじさが聊かも減ずることはなく、60万部の大ヒットを記録しました。未読の方はぜひ手に取ってみてください。さて「その女アレックス」の作者、ピエール・ルメートルが、「悲しみのイレーヌ」と「その女アレックス」の間に発表した作品が、今回ご紹介する「死のドレスを花婿に」です。2009年に発表され、日本では文春文庫に収められています。

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「死のドレスを花婿に」(文春文庫版)

シニアになって身近に感じる不安の一つが、認知症などで記憶が失われたり、記憶力が次第に低下することです。物語の主人公ソフィーは、愛する男性と結ばれ、仕事も順調と、まさに前途洋々たる楽しみに満ちた毎日が、些細なトラブルから徐々に乱されていきます。大切なものがなくなる、隠しておいた夫への誕生日プレゼントが後日違う場所から出てくる、劇場の予約が違う日に変わっている、などなど。彼女は自分の記憶と行動に自信がなくなり、充実した生活が少しずつ壊れていきます。義母の転落死、夫の交通事故と病院での転落死。孤独となり、泥沼にもがくソフィーの周りに起こるいくつかの殺人。彼女は自分が犯人かどうかもわからず、ただ逃亡を続けるしかありません。そして、‥‥。

余りに強烈なストーリーに、私はミステリー小説を読む際の「掟破り」を犯してしまいました。すなわち、エンディングを飛ばし読みしてしまったのです。しかし、そこから戻っても、この小説の面白さが減ずることはありませんでした。

原題は”Robe de Marié”、ウェディングドレスのことです。「死のドレス‥」という邦題は何とも稚拙ですが、結末はこの邦題通りになります。あとは秘密‥‥。

                                                                                                            (T生)

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#面白い本 「二十世紀」橋本治著(2/2)

~歴史の真実を論理的に学ぶ爽快感!~

二十世紀」上巻の1901年の記述は、大英帝国の君主ヴィクトリア女王の死から始まります。19世紀ヨーロッパの列強諸国=王様の社会に於いて、クィーン・ヴィクトリアは要(かなめ)の存在でした。第一次世界大戦の主役たち、ドイツ帝国皇帝ヴィルヘルム二世、イギリス国王ジョージ五世、ロシア皇帝ニコライ二世の妃アレクサンドラは、いずれもヴィクトリアの孫。ニコライとジョージは、デンマーク王室の血を引く従兄弟同士という血の濃さです。第一次世界大戦は「ヴィクトリア女王の孫同士の壮大な内輪喧嘩」とは、まさに言いえて妙だと思います。

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第一次大戦後、敗戦国ドイツに課せられた峻烈な賠償が、ドイツの民主主義を枯らせ、ファシズムを育む大きな要因となった、と言われていますが、この本の1921年の項を読むと、すべての事実関係が腑に落ちます。

第一次大戦末期、革命直後のソヴィエト・ロシアは交戦中のドイツに停戦を申し入れます。ドイツ帝国は、ロシアに賠償金と領土割譲を要求し、ロシアは致し方なくこれを飲みます。大戦終結後のヴェルサイユ条約に基づく敗戦国ドイツへの賠償金額は、1320億マルク(全て金貨で支払う) という莫大なもので、しかもロシアとの講和は無効とされたため、ロシアからの賠償金はドイツに支払われません。ドイツはハイパーインフレに陥り支払い不能。フランスはその見返りにルール地方を占領。イギリスはドイツからの賠償金をアメリカから購入した兵器等の支払いに充てる計画が頓挫。金持ち国アメリカは、ドイツの賠償額減額を提案し、同時にドイツに借款供与、戦時賠償の金の流れを戻そうとします。しかしその流れも1929年の大恐慌で再び崩壊、独伊のファシスト政権が誕生し、欲と恨みの連鎖が第二次世界大戦を引き起こしていく、という図式です。

この本は、世界史からこぼれ落ちがちな、しかし重要な事実をわかりやすく記述しており、イデオロギーという色眼鏡を外すとこれほど透明に事実が見通せるのか、という一種の爽快感さえ与えてくれます。年号と事実の箇条書きのような、無味乾燥な歴史教科書の副読本として、ぜひ中・高校生に読んでほしい一冊だと思いました。     (T生)

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#面白い本 「二十世紀」橋本治著(1/2)

橋本治(1977-2019)は、二年半前に亡くなりました。まだ70歳、これからますます面白い作品を紡ぎだしてくれると期待していただけに、本当に惜しい人を亡くしたものです。いまから50年以上前、東大紛争の真っ盛りに「とめてくれるなおっかさん、背中のいちょうが泣いている、男東大どこへ行く」の駒場祭ポスターで注目を集め、小説家のデビュー作は「桃尻娘」。こうしたキャリアから、胡散臭いイメージをお持ちの方がいると思いますが、どっこい、小説・評論・エッセイと幅広く多くの話題作を生み出し、特に日本古典の現代語訳「桃尻語訳枕草子」「窯変源氏物語」「双調平家物語」などにおける、オーソドックスでしかも個性的な文業は、比類なきものだと思います。

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1968年東大駒場祭のポスター

さて、その橋本治が2001年に毎日新聞社から刊行した後、ちくま文庫で上下2巻に収められているのが「二十世紀」です。20世紀の約半分、1901年から1945年を扱う上巻の冒頭に「総論 二十世紀とはなんだったのか」という、文庫本サイズで50ページほどの文章が置かれ、あとは19世紀最後の年1900年から順に、各年5・6ページほどのコラムが続きます。総論を読んでみると、橋本の二十世紀の定義は「十九世紀を脱却するための百年」ということになります。二十世紀は、戦争の世紀と呼ばれていますが、米ソ冷戦は第二次世界大戦の遺物であり、第二次世界大戦勃発の要因には第一次世界大戦の後遺症があり、第一次世界大戦は、十九世紀的ヨーロッパ帝国主義国家間の確執から発生したのだから、二十世紀はまだ十九世紀の残滓を引きずっており、「20世紀は、実は19.9世紀だ」というわけです。(以降、次回)  (T生)

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