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先週の新聞書評欄から(5)

日経新聞に目を通す機会が少ない方を対象に、11月4日(土)の書評欄を眺めます。

文庫の売上げランキングでは、カズオ・イシグロの著作が1~4位を独占しています。ノーベル賞のもたらす波及効果はすごい!

書評委員による書評は、まず「スティグリッツのラーニング・ソサイエティ」(スティグリッツ他著・薮下史郎監訳・東洋経済新報社)。経済発展に伴う技術や産業政策の観点からラーニングを論じたもの。スティグリッツは高名なノーベル経済学賞受賞者。「ライティングクラブ」(姜英淑著・文茶影訳・現代企画室)は、韓国の名もなき素人作家たちの話。「私」の読書体験に基づく成長小説の要素もあるらしい。「千の扉」(柴崎友香著・中央公論新社)。「千の扉」とは巨大な都営住宅のこと。戦後70年、団地に住んだ多くの人とその歴史を背景に、様々な小さな物語が語られる。「PANA通信社と戦後日本」(岩間優希著・人文書院)、2013年に時事通信フォトと改名された一小通信社の歴史から、「アジアの情報発信をめぐる戦後日本の挑戦と挫折」を描き出す。「三木淳と『ライフ』の時代」(須田慎太郎著・平凡社)は、日本で最初に「ライフ」の正式カメラマンになった三木淳の小説的評伝。以上、例によって5本です。

その他、掘り起こせばどんどん出てくる実態を日中の研究者がまとめた「文化大革命」(明大現代中国研究所他編・白水社)や、1946年に英国全土で生まれた約7万人の人々の生活の追跡記録「ライフ・プロジェクト」(ピアソン著・大田直子訳・みすず書房)などが興味を惹きます。

今回は「戦後」を座標軸に据えると引っかかる作品が多く、そういう意図で編集したのかしら、と勘繰りたくなるほどです。特に「PANA…」と「三木淳…」は時代と舞台がダブり、共にジャーナリズムの話なので、併せて読むと相乗効果が出そうです。

最後にもう一冊。遺伝子組み換え技術の先に懸念される遺伝子操作のよる人類の誕生。そして一旦タブーが破られれば、優生思想という悪魔の論理が頭をもたげる。「デザイナー・ベビー」(ノフラー著・中山潤一訳・丸善出版)は、遺伝子治療にも一定の評価を与えつつ、しかし目前にある「危機」をテーマに、アメリカの生物学者が著した本です。(ターサン)

 

先週の新聞書評欄から(4)

日経新聞に目を通す機会が少ない方を対象に、10月28日(土)の書評欄を眺めます。

書評委員による長文書評は5本。「中国『絶望』家族」(メイ・フォン著 小谷まさ代訳 草思社)、「ボージャングルを待ちながら」(ブルドー著 金子ゆき子訳 集英社)、「舞台の上のジャポニズム」(馬渕明子著 NHK出版)、「健康格差」(マーモット著 栗林寛幸監訳 日本評論社)、「トラクターの世界史」(藤原辰史著 中公新書)。題名からは内容の想像がつきにくい幾つかを紹介します。

「中国『絶望』家族」は、中国系女性ジャーナリストが、2016年まで続いた中国の一人っ子政策の矛盾を分析した書。「結婚できない男」「住宅ローン奴隷」「ニート」など、現代中国の多くの社会問題は、一人っ子政策と深く関係している、と説きます。「ポージャングルを待ちながら」は、フランスのオプティミスト夫婦のお話。「ポージャングル」は、ニーナ・シモンの歌「ミスター・ポージャングル」に由来。その他、わが国では国勢調査と呼ばれている人口静態調査(センサス)をテーマに、東アジア諸国の実情を浮かび上がらせた「東アジアの社会大変動」(末廣・大泉編著 名大出版会)など、興味を惹くいくつかの書籍が紹介されていますが、今回採り上げたいのは、見開きの紙面の両端に配されたエッセイ「半歩遅れの読書術」と「あとがきのあと」(新著者紹介)の内容についてです。

「半歩遅れ…」の寄稿者は宇宙物理学者の須藤靖氏。採り上げられた本は、アイザック・アシモフのSF小説「夜来る」です。このあまりにも有名な作品、ご存じの方も多いことでしょう。6つの太陽に絶えず照らされている架空の惑星ラガッシュには「夜」がありません。しかし2000年に一度、皆既日食によって1時間だけ夜が訪れます。何世代にもわたって夜を経験していないラガッシュの住人が目にする、暗黒と満天の星のきらめき。その時の彼らの呟きは「我々は何も知らなかった」。世界に潜んでいる不思議さを、当たり前と錯覚しない感受性と柔軟な思考。こうした大切なメッセージを、1941年に投げかけたアシモフに須藤氏は魅せられ、講演の都度このエピソードを引用しているそうです。

「あとがきのあと」で採り上げられているのは「新しい分かり方」(中央公論新社)と著者の佐藤雅彦氏です。佐藤氏はCMプランナーを経て現在東京藝大教授。「新しい…」は、60余の作品と随筆で構成されているそうです。この本のテーマは、私たちが何かを「どのように分かるか」ということです。1から5の五つの印刷された数字を頭に叩き込んだ後に、4が欠けた空間を指で押さえて1・2・3・5と読むと、指の下には4が隠れていると「抗いがたく」私たちは認識するそうです。こうした誤認識も含め、分かるとは「前の自分を抱合しつつ自分が拡大すること」と、佐藤氏は述べます。「『分かった!』といううれしさは、生きててよかったといううれしさです。」

アシモフの「ラガッシュ」における未体験に対する謙虚さと柔軟さ。「新しい…」で語られる、「分かる」という体験への喜び。いずれも同じことの表裏であるような気がします。世の中には、まだまだ知らないこと、体験していないことが満ち溢れていて、そうしたことを受け入れウキウキする感受性は、生涯にわたって持ちたいものです。今回は長文になってしまいました。(ターサン)

 

 

先週の新聞書評欄から(3)

日経新聞に目を通す機会が少ない方を対象に、10月21日(土)の書評欄を眺めます。

書評委員による書籍紹介は5本。列挙してみます。「日本経済の歴史1~3」(深尾京司他編 岩波書店)「銀河鉄道の父」(門井慶喜著 講談社)「ゴッホの耳」(マーフィー著/山田美明訳 早川書房)「遺族外来」(大西秀樹著 河出書房新社)「ロンドン大火」(大橋竜太著 原書房)。題名から推測できるように、今週は人文科学系の本がずらりと採り挙げられています。(「遺族外来」は、ひたすら傾聴で遺族に寄り添うメンタルケアドクターの話です)

書評の横に「あとがきのあと」という著者紹介のコーナーがあり、「トップスケーターのすごさがわかるフィギュアスケート」(ポプラ新書)を著した、ご本人もトップスケーターだった中野友加里さんのとても面白い取材記事が載っています。フィギュアスケーターのフィジカルやメンタルの裏側、素人には理解不能と思われる採点基準のロジカルな仕組みなど、ピョンチャン冬季五輪を控え「さらに観戦が楽しくなる」本なのだろうなあ、と期待が膨らみます。

「リーダーの本棚」という、如何にも日経らしいインタビューコラムもあり、今回のゲストは東洋紡社長の楢原誠慈さん。九州電力から東洋紡に移って社長に昇り詰めた経歴、「私の履歴書」に載せても面白そうなビジネス上のエピソードにまじえて語られる様々な本との出会い。かつて経営者の必読書とされた「徳川家康」(山岡荘八)は兎も角として、「チーズはどこへ消えた」「経営の哲学」といったマーケティング関連の話題書と、フリーマントル、フォレットといったサスペンス作家の作品に惹かれるという氏の嗜好は、私の読書傾向とぴったりで、自分勝手に同好の士を得た気にもなろうというものです。ケン・フォレットは「針の眼」が有名で、楢原氏は「鷲の翼に乗って」(集英社文庫)を挙げていますが、私はいま大作「凍てつく世界」(SB文庫)を読んでいます。二次世界大戦前後の米・独・英国を舞台とした、スケールの大きなロマンサスペンスです。(ターサン)