緊急事態宣言の外出自粛期間中に一番人気のあったゲームは、任天堂「あつまれ どうぶつの森」だったのだそうです。無人島でイチから生活を始める、、という内容は、子供から大人まで多くの人の心を掴んだようです。
このゲームは、通称「あつ森」と呼ばれますが、能にも同じ名前の演目があり、今回は能「敦盛」をご紹介したいと思います。
平敦盛(あつもり)は、平清盛の弟である経盛(つねもり)の末の男子で、笛の名手であったと伝わります。長男の経正(つねまさ)は琵琶の名手として知られ、音楽の才能に恵まれた兄弟だったようです。
『平家物語』巻第九「敦盛最期」の段では、敦盛が17歳で参戦した一ノ谷の合戦で破れ逃げる途中、熊谷次郎直実(くまがいじろうなおざね)に呼び止められ、絶命するまでの二人のやり取りが綴られています。直実は、兜の下から現れた年若く美しい敦盛をみて、自分の息子と同じ年頃の若者に刃を立てることを躊躇しますが、味方の追っ手が迫り、ここで見逃しても逃げきれまいと判断し苦悩のうちに首を討つ様子が描かれています。
直実は、石橋山の戦いまでは平家側に付いており、頼朝挙兵の際に源氏の御家人となっています。敦盛を打ったあと、武士でなければ戦いに明け暮れることもなかった、、と出家し、敦盛の霊を慰めたといいます。
能「敦盛」は、この話をもとに世阿弥によって作られました。
平敦盛を討ち取った熊谷次郎直実は、悔恨の念から出家し、蓮生(れんせい・れんしょう)と名乗っていました。敦盛供養のため一ノ谷須磨を訪れると、笛の音が聞こえ草刈りの男達が現れます。そのうちの一人が蓮生に十念(じゅうねん)を頼み、自分は敦盛の霊だと仄めかして姿を消します。
その夜、蓮生の前に敦盛の霊が現れます。仇打ちをしようとする敦盛でしたが、念仏の功徳の前に因縁など存在しないと言う蓮生に、直実に打たれる前夜の様子を物語ります。語っているうちに敦盛に妄執の心が再び沸き上がり蓮生に斬りかかりますが、念仏を唱える蓮生を前に回向を願いつつ消えてゆくのでした。
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この物語では、仇敵同士であった二人が再会し、十念(「南無阿弥陀仏」と十回唱えること)を授けて欲しいと頼んだり、来世では同じ蓮で生きようと友情を誓うような場面に、少し違和感を感じていました。けれど、今年の大河ドラマ『麒麟がくる』の中で、向井理さん演じる足利義輝の観能のシーンで敦盛が演じられているのを観て、戦いを旨とする武士たちにとって、討ち取った相手と来世で友情が誓えるというストーリーは救いだったのかもしれない、、と腑に落ちるものがありました。
能の演目には平家物語に取材したものが多くあり、その数は現行能だけで20近くあります。主人公が敗者を演じるものを、負修羅(まけしゅら)と言い、「敦盛」も負け修羅に含まれます。負け修羅に使用する中啓(扇)の図柄は、「立波に入り日」と決まっており、海に沈む夕日が栄華を極めた平家の運命と重なり感慨深く感じられます。
(事務局:ふな)