コロナウィルスによる緊急事態宣言も少し出口が見えてきたようです。現在世界中での罹患者数は約523万人、日本では1万6千400人余りが感染し、777名の方が命を落とされました(5月22日現在)。こうした中、過去のパンデミックが掘り起こされ、カミュ作「ペスト」が時ならぬベストセラーになっているそうです。
私もステイホームを続けていますが、在宅の時間を利用して家内の整理に勤しんでいます。古い雑誌も中身を眺めながら処分しています。そんな中から、いくつか興味深い記事を発見しました。まずは、2004年中央公論4月号のブック・レビューで紹介されている「史上最悪のインフルエンザ 忘れられたパンデミック」(クロスビー著・みすず書房)。1918年のスペイン風邪を扱った多くの類書中の「決定版」を訳出したものです。世界中で5憶人が罹患、アメリカでは平均寿命を12歳引き下げるほどの死者が出、日本では人口5千500万人の約半数近く2千350万人が感染し、28万人以上が死亡したとされています。このブック・レビューで評者が強調している点「これほどの大災厄を人は忘れてしまう。不思議としか言いようがない。現代医療は少数の人を集中的に治療するのは得意だが、大人数を扱うのは不得手。一般人から『防疫』という考え方は消えているし、大流行には対応しにくくなっているのではないか」云々。全く今の状況を語っているようではありませんか。
2002年は日韓共催のサッカーワールドカップが開催された年です。6月号の中央公論に載った藤田紘一郎・東京医科歯科大教授の論文は、ワールドカップ時の感染症流行を危惧した内容でした。「このような民族大移動によってもたらされる影響のなかで、最も注意が必要なのは感染症の問題だろう」と説き起こした筆者は、江戸時代、日本を襲った2回のコレラ流行が、いずれも”開国”によってもたらされ、1970年の世界的大流行は、インドネシアのイスラム教徒によるメッカ巡礼によるものだった。民族大移動による感染症の拡大は歴史上数え切れない、と続けます。
更に藤田教授が心配するのが、日本人の免疫力の低下懸念です。日本人は清潔さを求めるあまり、抗生物質や消毒液を多用し、人間と共生し守ってくれていた微生物、皮膚常在菌や腸内細菌をも駆逐してしまい、免疫力を低下させてしまったというのです。
また「高度経済成長期に感染症が激減したわが国では、感染症の専門家も数少なくなった」という指摘もあります。私は20年以上前、藤田教授にお目にかかったことがありますが、「今時、回虫を見たことがない、結核患者を診たことがないという医者は多い」とおっしゃっていました。
20年近く前の雑誌に載った記事の内容は、そっくりそのまま、またどこかで繰り返されるのでしょうか。世の移り変わりによって、忘れ去られていいこともあるでしょうが、こと感染症に関しては忘却も油断も許されないと、今回こそ肝に銘じなければならないと感じました。(T生)