新現役!シニアわくわくブログ

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#面白い本 「それでも、日本人は「戦争」を選んだ」(加藤陽子著・朝日出版)

~ちょっとリベラルを意識したタイトル以外は、至極まっとうな素晴らしい日本現代史~

この本は、栄光学園の中高校生に、加藤陽子東大教授が出張講義した内容をまとめたノンフィクションです。序章(オリエンテーション)に続いて、日清・日露戦争、第一次世界大戦、満州事変と日中戦争、太平洋戦争をそれぞれ主題とした5日間にわたる講義の模様です。生徒たちも「歴史研究会」のメンバーなので、なかなかレベルの高いやり取りが繰り広げられます。加藤教授は「あとがき」で、この講義は「私が教えた五日間ではなく私が教えられた五日間に他ならない」と述べていますが、これは間違いなく大いなる謙遜というもので、教授の知識量と理論構築力は圧倒的で、生徒が発する鋭い質問や、ときには「けたぐり」のような突飛な発想に対しても決して話をそらさず、正面から受け止め、歴史的事実をもとに丁寧な説明に努めていきます。こうした圧倒的学力を持つ教師との授業を経験した中高生が、今後「歴史」「学問」少し大袈裟に云えば「人生」にどう向き合っていくのか、そのような興味さえ覚えた程でした。

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加藤先生の講義は、中高校生相手といっても決して手を抜いていません。数字やデータを用いた科学的解析や最新の研究成果も披瀝し、出典もきちんと明示します。何より魅力的なのが、豊富な歴史的エピソードの数々です。大東亜戦争前の御前会議で、軍部が「大坂冬の陣」や「桶狭間の戦い」を例にとり、天皇の説得に努めたそうですが、今の歴史教育は余りにも「暗記科目」に特化しすぎ、歴史の持つ「物語性」が軽視されすぎているのでは、と感じました。第一次世界大戦後のパリ和平会議の条りで、松岡洋右が牧野伸顕にあてた手紙が紹介されます。日本が中国に突きつけた二十一条を批判した内容です。松岡のイメージとは違いますよね。その後、国際連盟脱退時の首席全権となった彼の悲劇的な立場など、松岡洋右の知らなかった側面をこの本で学びました。

その他、なぜロシア革命後の指導者がトロツキーでなくスターリンになったのか、日本が国際連盟脱退に至った原因は、通常作戦であったはずの「熱河省侵攻作戦」にあったこと、汪兆銘や水野広徳の新たな側面等。目から鱗が落ちるようなエピソードが、しかも検証された事実として次々と語られていきます。「歴史に"if"は禁物」と云われていますが、もしこうなっていたら……、という限りない想像が広がっていきます。

f:id:tanabetan:20210926191314j:plain ←加藤先生と受講生(2008年)

加藤教授は、昨年の日本学術会議新会員候補の中で任命拒否された6名の中の一人です。日本学術会議会員が、学者のキャリアにどの様な影響を与えるのか、よくわかりません。しかし、このように優れた歴史家が否定されるような決定が何故なされたのか、全く理解できません。(T生)

NPO法人新現役ネット (shingeneki.com)

 

 

現場から見た世界情勢セミナー「次世代に託す日韓関係」を開催して

教育分野における社会貢献活動を行なっている三菱商事OB・OGグループ「一月
会」の協力を得て2019年9月から毎月開催している世界情勢セミナーは、コロナ
により一時中断していたが、今年4月に再開し今回で11回目となった。
今回(9月15日)は、戦後最悪と見方もある日韓関係について、三菱商事OB
お二方を迎えて講演していただいた。
お二方とも、海外駐在経験が豊富で、それぞれ元日韓経済協会専務理事(現顧
問)元韓国三菱商事社長として両国関係の発展に貢献されている。元韓国
三菱商事社長は、2016年に赴任し今年の4月に帰国されたばかりで、日韓関係
悪化前後の韓国社会の空気を体感されているので大変興味深かった。 
 
セミナーは、日韓経済・人材・文化交流の具体的事例紹介(例えば、東日本大
災や熊本地震における韓国からの支援、在韓日系企業おける韓国学生の体験
実習受け入れ、両国青少年交流、インドネシアやモンゴルなど第三国における
日韓企業連携による事業参加など)から始まり、韓国駐在や人的交流を通じて
体感した韓国人の歴史観、価値観やこれらのにおける世代間ギャップ、更に
は、日韓関係改善の可能性やそのために両国がどのように向き合っていけばよ
かについてお話ししていただき、大変示唆に富む内容であった。特に、韓国
若い世代は過去にとらわれない柔軟な考えや高いコミュニケーション能力が
り、パワハラ/アルハラ/セクハラに日本人以上に敏感で、儒教に基づく年功
序列社会は過去の話というのは興味深かった。筆者も1980年台に韓国向けビジ
ネスに関わったことがありソウルによく出張したが、当時と較べると今の社会
は相当変化しているようだ。現在のような日韓関係をもたらした両国における
これまでの世代の改善努力が必要であることは勿論であるが過去に縛られな
い未来志向の若い世代が社会の中心になれば、両国関係が改善向けて大きく
前進するのではないだろうか
 
海外に駐在した経験を持ち、現在も駐在国や周辺地域との関りを持つビジネス
マンOB(時には現役の方も参加)の話には、一般のマスコミ報道には出てこな
貴重な話や示唆に富む内容が含まれるため、できるだけ多くの若い世代にも
お伝えできるように努めたい。
 
(事務局:TARO)

#面白い本 「藤原仲麻呂」(仁藤敦史著・中公新書)

NPO法人・新現役ネット(東京・田町)で、毎月第2・第4金曜日に行われている人気講座「続日本紀を読んでみよう」(講師:玉川千里さん)は、現在『巻第二十六』を読み進めているところです。夏休み前に読んでいたその前巻『巻第二十五』は、天平宝宇8年(764)正月から12月まで一年間、藤原仲麻呂(恵美押勝)のクーデター計画とその頓挫を扱っていました。『日本書紀』『続日本紀』を読む講座の様子は、YouTube にアップされているので、ご覧ください。 

www.youtube.com

 

さて奈良時代、権力を思うがままにし、皇室に逆らって武装蜂起を試み敗死した大悪人として扱われることが多い藤原仲麻呂(惠美押勝)について、新しい本が出ました。

「あとがき」によると本書の特色は、藤原仲麻呂について今まで何かと強調されていた「皇位継承に伴う権力闘争」や「陰謀史観」という見方を極力排し、政治史の視点から、当時の政治や制度と仲麻呂の学問・思想がどのように結びついているかを、解明しようとした、ということです。

武家政権が確立する以前の天皇は、文字通り権力(権威)の頂点に位置していました。強い天皇は、ときには武力を用いて自らの政策を遂行し、弱い天皇は側近の傀儡となったり権力の座から追い落とされたりしていました。ちょうど今、自民党総裁選挙が行われていますが、各候補・各派閥・各党員それぞれの思惑、離合集散のさまが、この本の記述と重なって見えることが、しばしばありました。また当時、幾たびも流行した天然痘などの疫病が、政権の帰趨に影響を及ぼしたという記述も、私たちが直面している状況と引き比べてみる誘惑にかられました。

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藤原仲麻呂は、大変な知識人にして優れた行政官でした。仲麻呂の乱の後、『続日本紀』における仲麻呂絶頂期の記述が不採用(紛失)になり、大規模な業績の抹殺が施されたにもかかわらず、彼が発案し施行した行政の仕組みや法律の多くが、江戸時代に至るまでアレンジされながら機能してきました。それほどの構想力と実行力を持った仲麻呂が、権力を一手に掌握し、自らとその一族を準皇族と位置づけ、やがて孝謙上皇との対立を激化させていきます。そして、嘗て自らがその根を断ち、粛清してきた反乱を企て滅亡していきます。まるでシェークスピア劇のような歴史叙事詩であり、1200年以上前の出来事が、リアルに胸に迫ってくるようでした。(T生)