新現役!シニアわくわくブログ

シニアに役立つ情報や新現役ネットの活動について発信していきます。

第119回東京散歩「寛永寺跡と上野の史跡その1」2017.10.24

台風一過、おだやかな天気に恵まれて総勢20名の会員の皆様と上野の杜を散策しました。

天台宗総本山比叡山延暦寺にちなみ、東の叡山として開創された上野「寛永寺」。2回シリーズで史跡を訪ねますが、元の広さは現在の上野駅から鶯谷、日暮里駅にかけて上野公園の全域と動物園、東京芸大、谷中霊園を含むとあるので、その広さは想像もできないほどです。

今回は上野公園を主に散策しました。

 

 天海僧正毛髪塔

寛永寺を建立した天海僧正の供養塔。ひっそりと建っています。 

f:id:tanabetan:20171026153507j:plain

 

不忍池弁天堂

弁財天を祭っているお堂は、昔は渡し船でお参りしたとのこと。

不忍池のほとりには「駅伝発祥の碑」家康公が使用していたメガネを模った「メガネの碑」もありました。気づいていましたか。

f:id:tanabetan:20171026152610j:plain
f:id:tanabetan:20171026152638j:plain

 

花園稲荷神社

かつて上野の主だった弥左衛門狐を祭っています。

狐は赤い鳥居を一つ飛ぶ毎にパワーアップするので、沢山の鳥居が並ぶほど狐のパワーが増すらしいです!

f:id:tanabetan:20171026152712j:plain
f:id:tanabetan:20171026152730j:plain

 

東照宮

日光東照宮をモデルに透塀に囲まれた中に金箔をはりつめた壮麗な社殿。徳川3代家光が造営した建物で国の重要文化財に指定されています。

f:id:tanabetan:20171026152809j:plain
f:id:tanabetan:20171026152925j:plain
f:id:tanabetan:20171026152907j:plain

 

歴史ライターの小林祐一講師の解説に納得したり驚いたり、歴史が詰まった上野公園でした。ランチはこの地の老舗「上野精養軒3153店」で、にぎやかに歓談しながら名残を惜しみつつお開きとなりました。f:id:tanabetan:20171026154515j:plain

 

(事務局hana)

 

 

先週の新聞書評欄から(2の2)

10月14日(土)の日経新聞書評欄の続きです。従って正確には「先々週の書評欄から」となります。

前回、「それほど頻繁に取り上げられるジャンルではない『音楽』に関係した書籍が2本あるという、これも珍しい構成となりました」として、「ホワイトハウスのピアニスト」(クリフ著・松村哲哉訳・白水社)を採り上げましたが、もうひとつの書評「魅了されたニューロン」(ブーレーズ他著・笠羽映子訳・法大出版局)について書いてみます。

まずタイトルから推測されるように(ニューロン=神経細胞)、この本のテーマは、音楽作品や演奏ではありません。「作曲家や指揮者が音楽を生み出す時、その頭の中では何が起きているのか」という課題を、作曲家・指揮者・教育者であるP・ブーレーズと神経生物学者のJ=P・シャンジュー、作曲家のP・マヌリの鼎談を通して解き明かそうという、何か途轍もなく難解そうな一冊です。音楽愛好家はもとより、科学に興味を持つ人にも大いに向いた本かもしれません。望月京(作曲家)の書評を読むと、作曲(特に交響曲などのクラシック作品)という、イメージを論理的に楽譜に積み上げていく、膨大な「演繹的手法」の概念や課程などについて語られているようです。

年下の神経学者や作曲家を相手に語るブーレーズは、当時90歳を目前とした最晩年。世の中には時として”万能の天才”が現れるものですが、ブーレーズはまさにそうした一人でしょう。たとえ音楽の道を行かなくても超一流の知識人であったであろうブーレーズが中心となってすすめられるこの知的会話、CDとなった数多くのブーレーズ作品や、彼の指揮した曲を聴きながら味わうのも一興かもしれません。(ターサン)

 

 

 

先週の新聞書評欄から(2の1)

 

日経新聞に目を通す機会が少ない方を対象に、前回と同じように、10月14日(土)の日経新聞書評欄を眺めてみます。

書評委員による長文の書籍紹介は5本。今週は小説がないという珍しい週です。しかも、それほど頻繁に取り上げられるジャンルではない「音楽」に関係した書籍が2本あるという、これも珍しい構成となりました。

 

ホワイトハウスのピアニスト」(クリフ著・松村哲哉訳・白水社)は、米ソ冷戦中のエピソードとして永遠に語り継がれるであろう、一人のアメリカ人ピアニストのドキュメンタリーです。彼の名は、ヴァン・クライバーン。ソ連が国威発揚を目的として設立したチャイコフスキー国際コンクールの記念すべき第1回目(1958年)のピアノ部門優勝者です。弱冠24歳のテキサス青年の人気は、まずモスクワで火がつき、英雄としてアメリカに凱旋帰国します。これはその時の、路上パレードの風景です。

f:id:tanabetan:20171019164750j:plain

このように、月から帰還した宇宙飛行士のようなパレードを繰り広げたピアニストなど、空前絶後ではないでしょうか。クライバーンは、2013年79歳で亡くなります。アメリカでは、クライバーンの名を冠したメジャーコンクールができるなど、その名声が衰えることはありませんでした。ただピアニストとしてのクライバーンは、おそらく音楽史の片隅にひっそりと名が刻まれるほどの存在でしかありません。この本の表題が示すように、米ソ(米ロ)首脳会談の際には、常にと云っていいほどクライバーンの晩餐会演奏がセットされました。その演奏が実際、軍縮交渉などの雰囲気づくりに大きな役割を果たしたそうです。音楽と政治との関係は、ナチスとフルトヴェングラーに代表されるように、音楽家の悲劇が強調されることが大半ですが、米ソが奇しくも協力して作り上げた”英雄”クライバーンの場合は、本人の純朴な性格も相まって、全く特異な成果を生み出したのでした。書評者は音楽評論家の林田直樹氏。冷戦時代の様々な知識も必要になり、なかなか大変な作業だったのではと推測されます。

もうひとつの音楽関連書籍「魅了されたニューロン」(ブーレーズ他著・笠羽映子訳・法大出版局)も採り上げたいのですが、いささか長くなってきたので、稿を改めます。(ターサン)